大古です。最近iPodのバッテリー寿命が尽きてきたようで、一日と持たずに電源が切れてしまうことがあります。自転車に乗りながらできることと言えば傘を差すのとiPodを聴くくらいしか無いので、快適なチャリンコ生活が脅かされております。自転車の車輪にダイナモを付けて、そこからiPodに充電する、という機械は無いものでしょうか。


それはさておき、私も経営史学会の手伝いをさせていただきました。やや遅きに失した感はありますが、せっかくの体験だったので、私も少し思ったことを書いてみようと思います。


私は教室の前方でタイムキーパーの仕事をしていたので、多くの発表を聴く機会に恵まれたのですが、「これは面白いな」と引き込まれた発表には、共通点があったような気がします。個人的には、それは「配布レジュメが簡明で分かりやすい」ことでした。
伝えたいことがたくさんあると、どうしても配布レジュメの量が多くなりがちです。自分の思っていることや思考のプロセス等を、全てだーっと並べて、文章の羅列にしてしまうことがあります。あるいは、資料は自分も見ながら発表するので、たくさん書いてあるレジュメは言いたいことの備忘録の役目も果たすのでしょう。
しかし、その発表に関して事前に全てを知っている発表者=自分と違い、発表を聞く人々はその半分、あるいはそれ以下の知識しかありません。だからプレゼンを聴く時は、配布レジュメを読んで理解するという作業と、発表者の言葉を聴いて理解するという作業を同時に課せられることになります。これは意外と重労働なのではないでしょうか。


プレゼンとは自分の主張を相手に伝え、何らかの説得を行う場である以上、文章を読んで理解する作業の負担は極力削減し、自分の言葉をより相手に響くように伝えることを優先すべきでしょう。だからレジュメは簡潔に短く、あっさりとしたもので十分、足りない分は口で補う、という発表が好ましいのではないかと、学会で発表を聴きながら考えていました。


もちろん、こういうことはけっこう常識なのかも知れません。しかし私は、ゼミの要旨のレジュメも小論文もブログも携帯のメールも、言いたいことを詰め込みすぎて冗長になってしまう傾向があるので、非常に危機感を持ってそのように思いました。


余った弁当は、家に持ち帰って姉弟にも分け、美味しくいただきました。